「管理と監理の重要性」
 
もちろん工務店さんとは了解の上でやり直しをしてもらったのよ。
出来上がってから訴訟沙汰になるのは工務店としても損害が大きいから、手直しがきかない段階で大問題になるのを避ける方法として設計事務所の監理(第3者チェック)は工務店にとっても大事なものなの。

ほんとは基礎コンクリート打ちみたいな部分は施工前にチェックを受けてから進めるべきだったんだけどね。
現場監督の力量は良い建物を作るにはとても大事な要素で、同じ工務店でも現場監督の違いで出来上がりの良し悪しがまったく変わることもあるのよ。

こうなる原因は現場監督の力量や知識もあるけど、もっと多いのはあまりにも沢山の現場を抱えすぎているという状況をよく見かけるの。
どんなに優秀な人だってあまりに多くの現場を抱えてたら打ち合わせの内容だって忘れちゃうし細かい采配どころか現場も廻りきれないってなるわよね。

建売なんかは同じ場所に似たようなものを作るからまだチェックできるかもしれないけど、注文住宅なんかは内容も高度だしとても同時に何件も持てないのが普通ね。あまりに沢山の棟数を動かしてる工務店にありがちなんだけど。

そうなると現場には職人さんだけが出入りする状況になるの。(職種は10や20はざらで多勢の職人が現場には入れ替わり出入りする)
今の職人さんも現場をいくつも廻って稼ぐことが通常だから自分の仕事だけしか情報は与えられてないし、全体の事なんかわからないわよね。
現場監督がそこは伝えなければいけないのにそういった情報がなければ図面の読み違いをしたり、他の職種との取り合いなんか関係なくなるわけ。

現場に長くいる大工さんはある程度全体を把握してるから、現場監督の代わりに指示してなんとかおさめてるって現場をよく見るの。
でも基礎の段階では大工さんはいないから間違ったりしても誰も気が付かないのよね。

本来は現場監督が指示して、配筋ができた段階でチェックの時間を作って私達を呼んでチェックを受けて手直ししてからコンクリートを打つって手順をしなくちゃいけないんだけど。
段取りが悪くて日程が押し詰まってて、配筋をやってる背後でコンクリートミキサー車が待ってる、なんてのは最悪だわね。


「デザインと経済は両立するか?」
 
香にからかわれていましたが阿野君の野望は決して悪いことじゃないです。
建築家は堅実な実務家と人気商売という人の性格としては正反対のものを求められる時があります。
デザインを考え詳細な収まりや知識を探って図面を描くという作業は地道な実務家でなくてはできないので、そちら一辺倒に流れる人のほうがはるかに多いのですが。
でも世界で活躍するような志を持つのも大事ですよね。

かってシドニーにオペラハウスを造る計画が持ち上がった時、世界中の建築家が参加できるコンペティションが行われました。
集まった223案の応募から選ばれたのはヨーン・ウツソンというデンマークの無名な建築家でした。
しかも彼が出した設計案は図面というよりアイデアを書き留めた単なるドローイング(スケッチ)でした。
その為要求図書に満たないとして早々に落選していた作品でしたが、審査員のエーロ・サーリネンという建築家がそれを目に留め最終選考で復活させて当選させてしまったという幸運の選定でもあったのです。

選考としてそれってどうなの?って話もありますが、参加しなければ幸運は訪れないという例でもあります。
ウツソンのアイデアは当時としては革新的で施工も難しく工費も工期も跳ね上がりました。
途中で形を変えて構造的に制作可能なものに設計変更したりしましたが、彼に対する風あたりは強かったことは想像できます。最終的に彼は施工途中でオーストラリア政府と決別して国に帰ってしまったからです。

しかし、結果としてオペラハウスはシドニーどころかオーストラリアを代表する建物となりその経済効果は計り知れないものになったのです。(後年、ウツソンはオーストラリア勲章を送られるなどで和解をしている)
ヨーン・ウツソンはこの設計で世界的に有名な建築家となって様々な作品を作ったのです。

エーロ・サーリネンがいなければオペラハウスは生まれなかったというお話でもあります。日本でも過去の実績や組織の大小ばかりではなく、意欲的な若手を大きなプロジェクトに起用するようなコンペティションが欲しいですね。

そう言えば新しい1万円札の顔に渋沢栄一が選ばれました。
彼は建築家ではなく様々な事業を起こした実業家ですが、事業とデザインの関連性はよく知っていたようです。
彼の「作品」として田園調布が有名ですが、駅を中心として放射状のゆったりした通りを配しそこに緑豊かな田園都市を造るというデザイン構想は採算度外視とも言われました。
しかし、田園調布は日本では他に並ぶもののない代表的な高級住宅街になったのです。

優れたデザインと経済は両立するものでもあるんですね。